母が死去しました。
割と病院が長かったこともあり、突然でもなく。
ただ、その時がきたんだなって感じです。
母の死去を知ったのは、朝起きた時だった。
なんだろう、なんか嫌な予感がしてた。
携帯の電源が切れてて、なんだか不安に襲われた。
そんな時こそ、よく当たるし。
電源早く入れ、とも思った。
朝の4時過ぎに、兄からの着信があった。
メッセージが届く。「至急電話ください」の文字。
留守番電話。これは今でも聞けていない。
悔やまれる。
なんで充電しなかった?
なんでお酒に酔ってた?
なんで?
どこか、今週はもつかもしれないと医者から言われた兄の言葉があったり。
金曜に面会にいく予定もあり。
気も抜けていたと思う。
延命治療はしない。
母は事前に書面に残していて、それは私も兄も納得していた。
死に際に会えないってのは、少し悲しかった。
でも今思えば、そんなもんなのだと思う。
父は約4年前に他界した。前日に声をかけて、顔を見れて、話せた。
でも死に際には会ってない。
それが自宅で看取るターミナルケアでもあるからだ。
つまり母の死に際に会えないのは、当然なのである。
病院から搬送された母を見ると、少し下唇が切れて結晶化していた。
なんだか不思議だった。
顔は穏やかだし。
でも不自然な眉タトゥーもあって。
なんだか母らしいなって思った。
兄もとても疲れていた。
泣いていたかはわからない。
これから悲しみが押し寄せてくるのかもしれない。
これを書いていると少しだけ実感する。
死んだってことと、少し向き合えてる気がする。
不肖な息子でした。
子どもが学校に行く前だったから、少し伝えた。亡くなったよと。
今日は校外学習の日だった。
帰ってから伝えたら良かったかもしれない。
楽しい校外学習に影を落としたのは俺だ。
事実は事実として、帰ってから伝えたら良かった。
でも、もう遅い。
そんな配慮ができない父を許して欲しい。

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