葬儀の夜。涙はギリギリ堪えた。同じ斎場で、4年前の自分とすれ違う。

暮らし

朝のブログを書いてから、一日が長かった。

出棺、火葬、骨上げ。そして初七日の法要までを、繰り上げて済ませた。最近はそういう流れが主流らしい。当日にまとめてやってしまうことで、家族の負担を減らす意味もある。

そして、無事に終わりました。大きなこともなく、淡々と。

涙はギリギリ堪えた

結果報告。

涙は、ギリギリ堪えました。

いいのか悪いのか、自分でも分からない。

たぶん、ここで崩れたら家族みんなが揺らぐような気がして、無意識に踏ん張ってしまったんやと思う。涙は、たぶんこれから先、ふとした時に勝手に出てくるんでしょう。お母さんの好きやった匂いがした時とか、台所に立った時とか。

それでええかな、と。

親戚に離婚を言ってない、地味なしんどさ

葬儀の場で、地味にしんどかったことがある。

親戚に離婚したことを言ってない。

「奥さんは?」「ご家族で来られなかったの?」みたいな、悪気のない質問が一番疲れる。説明する気力もないし、嘘も言いたくない、でも葬儀の場で離婚の話を切り出すのも違う。

その場をやり過ごすのに、結構なエネルギーを使った。

でも、まあ、仕方ない。それが選んだ道。後悔じゃなくて、納得の言葉として。

同じ斎場の記憶

それと、今日も思ったのが、斎場の記憶。

うちの家族はずっと同じ斎場にお世話になっている。だから、行くたびに色々と思い出すんよね。

40年前、小学生の頃、ここで誰かを見送ったとか。20代の頃、廊下のあのソファに座ってたとか。父のときは、控室がここやったとか。

過去の自分と、今日の自分が、廊下で何度もすれ違うような感覚。

斎場って、単なる施設じゃなくて、家族の歴史が積み重なる場所なんやな、と改めて思いました。

4年弱で、3回

叔父(父の兄)が4年前ほど。父が3年半ほど。母が、今日。

家族で同じ斎場に通うのが、「またか」って感覚になってきている。

それぞれの間隔が短いから、今日の葬儀は「母を見送る日」だけじゃなくて、「父にも、叔父にも、もう一度向き合った日」になった。

早いような、なんとも、言葉にしづらい。

あと2週間で、71歳やった

母は、体調を崩した時からお酒もタバコもきっぱりやめていた。

それなのに、結局は70歳で逝かれた。あと2週間で、71歳の誕生日を迎えるはずやった。

「人生100年時代」って、よく言うけど。

うちの母を見ていると、その言葉、どこの話なん?って思ってしまう。70歳って、まだ若いよ。少なくとも私から見たら、まだまだやった。

健康に気をつけても、節制しても、寿命は寿命。それを誰も保証してくれない。

だからこそ、生きてるうちにできることをしておくべきなんやな、と改めて思います。誕生日も、あと2週間あったら祝えたのにな。

思い出しては、泣いたり笑ったり

家に帰ってきて、ふとお母さんの口癖を思い出した。

「飲み過ぎなや!!」

これ、ようけ言われた。お酒好きの息子のことを心配してたんでしょう。けど、たぶんお母さん自身も結構飲める人やったし、矛盾してるよなあと、今になって笑える。

涙と笑いが交互に出てくる。それが、たぶん一番健やかな思い出し方なんやと思う。

これから何回も、ふとした瞬間に「あ、お母さん」って思い出して、泣いたり笑ったりするんでしょう。

それが、供養みたいなもんかなと。

兄の夢と、七日法要

そういえば、朝のブログには書きそびれた話。

兄は今朝、父の夢を見たらしい。びっくりして起きて、そこから寝られなかった。何を伝えに来たんやろうって考えて、思い当たった答えがひとつ。

「初七日から二七日、三七日……飛ばそうとしてた」のを、父が「ちょっと待った」と言いに来たんやないか、と。

それを兄は、即お坊さんに連絡して、四十九日まで毎週の七日法要をすることに決めた。

私は、5月6日の二七日(祝日でちょうど休み)と、6月10日の四十九日に参列予定。それ以外は仕事で行けない旨を兄に伝えてある。

葬儀の朝、私は母の夢、兄は父の夢。父と母が、それぞれの子に何かを伝えに来た朝。

不思議で、温かい話やと思う。

今夜は、少しだけ

無理せんと、今夜はゆっくり過ごします。

「飲み過ぎなや!」って声を聞きながら、いつもより少しだけ多めに、お母さんに乾杯します。

今日は、本当に、ありがとう、おかん。

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