今日は母の葬儀。
朝起きて、まずカーテンを開けた。
雨予報やったのに、晴れてる。
ずっと「終日雨」って予報が出てたのに、空には朝陽。雲はあるけど、しっかり光が差してる。
これ、おかんパワーやろ。
「ちゃんと晴れた日に見送ってもらいや」って、空の上から段取りつけてくれたとしか思えない。お母さんらしい。元気な頃から、家族のスケジュールを先回りして気にする人やった。
夢を見た
ふと目が覚める前に、夢を見た。
実家で起こったことのない、Ifの世界線。
仕事前にシャワーを浴びようとしたら、母の様子がおかしい。犬の餌を用意してるんです。ニコニコしながら。
うちは、犬がいたのは私が小学生高学年の頃まで。それからはずっと猫が一緒にいてくれた。
つまり夢の中の母は、いないはずの犬の餌を、ニコニコしながら用意してた。
声をかけたら、母は豹変した。
餌の入った皿を投げつけてきた。夢の中の自分は「またか」って顔をしてる。あ、これは認知症や、と気づく。
母は、犬がいないことを思い出して、自分にイラついて、お皿を投げて、悲しく泣き崩れていた。
こうじゃなくて、よかった
目が覚めて、思った。
正直、こうじゃなくてよかった。
私はそんなに強くない。日に日に変わっていく母を、毎日見ていられるとは思えない。
たぶん、兄に「早く施設に入れよう」って懇願していたと思う。プロに任せる選択を、すぐに取りに行ったと思う。
罪悪感は少しある。けど、たぶんそれが正直な自分やった。
夢が見せてくれたのは、「来なかった世界」。
母は病院で逝かれて、認知症で苦しむ姿を家族に見せずに済んだ。長く介護される姿も、誰にも見せずに。
それは、母がもしかしたら、最後に選んでくれたことなのかもしれない。
父も同じやった
考えてみたら、父もそうやった。
父はターミナルケアで自宅で逝かれた。あの時も、家族で介護の段取りを話し合ってた。兄、母、そして当時の嫁——介護職やった彼女に専門家として入ってもらいながら、明日から本格的に介護が始まるな、と。
その翌朝、父は息を引き取った。
「これから始まる」が、「もう始まらなくていい」に変わった朝やった。
親には迷惑かけていい、けど
父がよく言っていた言葉がある。
「親には迷惑かけていい。そこをなんとかするのが親やし、受け止めるのが親や。」
これ、子どもに向けた言葉やと思っていた。
でも父自身は、自分の子に迷惑をかけることなく、ぎりぎりのところで逝かれた。母も、同じ道を辿った。
「親には迷惑かけていい」と言いながら、父も母も、「自分は子には迷惑かけない」を生き方で見せてくれた。
それは冷たさじゃなくて、たぶん最後まで子どもを愛してた形。
私は、娘たちには父の言葉をそのまま伝えている。
「親には迷惑かけていい」って。
両親から受け取ったものを、次の世代に渡す。たまたま今、私が中継地点にいる。
涙腺、崩壊するんかな
これから出棺、火葬、骨上げ。
そのタイミングで不意に来るのか、それとも今日も堪えられるのか。それは行ってみないと分からない。
無理に出さんでもいい。無理に堪えんでもいい。出るときは出るし、出ないときは出ない。
晴れた日に、見送れることだけで、もう十分です。
おおきに、おかん。
いってらっしゃいと同時に、行ってきます。


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