今日は母の湯灌、そしてお通夜の日。
ふと思い出すのは、4年前の父の葬儀。あの日は10月だった。少し冷えていて、コートを羽織って斎場に向かったのを覚えている。
今日は4月の末。新緑が芽吹いて、もう半袖でもいいくらい。父のときの寒さとは正反対だ。
暖かい季節に送り出せるのは、いいことだと思う。母にとっても、寄り添いやすい温度なんじゃないかと、勝手にそう思っている。
ただ、葬儀の日は雨予報
正直、ちょっとだけ「あーあ」と思った。足元のことや、参列してくださる方々の傘、駐車場までの動線。気にすることが増える。
でも、こういうときに思い出すのが「涙雨」「浄めの雨」っていう言葉。亡くなった方を空が泣いて見送る、あるいは、最後をきれいに洗い流してくれる雨。そう思えば、雨も悪いもんじゃない。
お母さんは、最後まで静かにきれいにしてもらって、空に上がっていく。そういう日になるのかもしれない。
湯灌は次女と一緒に
長女は離れて暮らしているから、湯灌には来ない。一緒に行くのは次女。4年前の父のときは、二人とも一緒だった。あの空気を経験している。
葬儀場の独特な雰囲気って、何度経験しても慣れるものじゃない。静まり返った空間、線香の匂い、誰かが小さく洟をすする音。あれは何回行っても胸の奥がぎゅっとなる。
でも、次女と一緒なら大丈夫。お互いに支え合って、おばあちゃんを送り出す。
午後、湯灌に向かいます
ちゃんと最後まで、見届けてきます。


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